当社の歩み

当社の初代社長は雲然梅吉と申します。

当社のめずらしい会社名、㈲雲然自動車工場はこの梅吉の苗字をもとにつけられました。

当社の歴史はこの初代社長である雲然梅吉が大正末期に秋田県より上京し、自動車整備の技術を習得したところから始まります。

陸軍の要請により、日本で最初にトラックを製造していた東京瓦斯(ガス)電気工業(旧:東京市榎原群大井村)に入社。

そこで梅吉は日本でまだ自動車という言葉がちらほら聞かれ始めた時代において自動車に関する最新の経験と知識をつけていきました。

その後、昭和4年に川越市にあった川越自工という自動車整備工場にその技術と経験を買われ、現在でいうヘッドハンティングをされこの地に移ってきました。

そして昭和7年4月に川越駅近くの当時川越市脇田西町111番地にて

現在の雲然自動車工場の前身となる自動車整備工場を創業しました。

昭和時代の川越駅前

この3年後の昭和10年4月には日産自動車横浜工場で一環流れ作業による国産第1号車《ダットサン》が製造された年でもあり自動車時代の幕あけを予感させる時代でした。

当時の自動車の整備は、今のコンピューターと同じように最先端技術と評されるものでした。

ですのでヘッドハンティングされた時の雲然梅吉の給料は当時の川越市長の約三倍と伝えられています。

それほど自動車整備に対する技術はこの時代必要とされていました。

まだそのような技術をもっている人が少なく、当時は自動車の普及台数も少なかったため埼玉県西部地区のほぼ全域のお客様を当社ではフォローしていた言われています。

特に第二次世界大戦中は自動車部品の供給元として指定され

バス会社、運送会社とうに独占的に自動車部品も供給していました。

その後も順調に当社は成長をとげていきます。

昭和20年に雲然梅吉の長女である雲然マサと辻富司郎が結婚をし、

辻富司郎が婿養子となり梅吉の後を継ぎ、2代目の社長として代表を務めることとなりました。

それとともに組織法人として現在の㈲雲然自動車工場となりました。

当時の㈲会社雲然自動車工場の看板の前で写真に写る現社長と現専務。


昭和25年に会社があった場所が道路整備をすることとなり

移転を与義なくされ、現在の駅前店がある川越市脇田町23-1番地に移転。

その後、順調に事業が拡大し敷地も当時の三倍ほどに拡張することになりました。

このように順調に会社が拡大していく中で、雲然自動車工場を受け継いだ富司郎はマサとともに朝晩と働き「雲然自動車工場にに来てくださったお客様が喜んで帰ってもらえるように」と常に心掛け、必ず一人ひとりの客様と顔を会わせて会話し会社に来た人には感謝をこめて粗品を渡していたと言われています。

このような努力があり富司郎の代には川越の地元に親しまれる自動車工場となっていきました。

また、従業員も梅吉の時代は住み込みの職人さんが5、6名いたのが、富司郎の代になり徐々に増え、平成12年には従業員を37名を数えるに至りました。

現在、本社にて整備を担当してくれている当社社員の中には

「若い時に社長の奥さん(マサ)が、夜遅くまで働く私たちに夜食を作って労をねぎらってくれた」という感謝をもって今も働いてくれている方もいます。

梅吉の時代が会社の整備の基礎を築いたとしたら、富次郎は人を育てた時代だったといえるかもしれません。


そして、昭和46年には富次郎の長男である辻榮一(現社長)が武蔵工業大学工学部機械工学科を卒業し入社。また、昭和48年に次男である辻悦治(現専務)が日本大学商学部を卒業し続けて入社しました。


そして昭和53年にはそれまでの整備だけだったのが、多くのお客様のご要望により車輛販売を始めるに至りました。

平成元年には業務拡張にともない、現本社(川越市問屋町15-1)に移転。

使用敷地面積約1300坪をかまえ、全国でもトップレベル、県内でも有数の規模の整備工場となりました。

本社工場は、ディーラーをはじめ、多くの整備工場が連日のように見学にくるほどの規模を誇りました。

当時の本社落成記念の様子です。日刊自動車にも取り上げられました。

平成2年からは旧本社の跡地である駅前を車両販売拠点にし拡大。

車の販売台数が増えるとともに、当社でも取り扱う車輛も増えていき

多くの車種を取り揃えるほどになりました。

地域の多くのお客様の支持もあり、販売台数も年々増加していきました。

そのような発展をとげる中で、お客様の中には自分の嗜好にあった車種を

追い求めるお客様がいるということにも気づかされ、お客様のご要望に合う

個性的な車種も取り扱うようになりました。

このような車種のひとつにSVXがありました。

まさにお客様に教えていただいた車種のひとつです。

このような中にスカイラインGT-R、SVX、NSX、ラウンドクルーザー等々がありました。実際に店頭に置いてみると「探していた車がここにありました!」と言ってお客様が購入されました。そして「いつかは乗ってみたいと思っていた車がここにある

」ともおっしゃていただけました。

その言葉を聞いた時、榮一は多くのの車輛を取り扱うだけではなく、お客様がいつかは乗ってみたいと思うような車を展示し販売をすればお客様の人生が豊かになるのではという思いに至るようになりました。

現在では店頭展示車の中には【いつかは乗ってみたいとお客様が求めているような車】を展示しております。

これにより近年、当社にはSVX、スカイラインGT-R、NSX、ラウンドクルーザー等とうについて日本国内はおろか、海外からもお問い合わせが多数くるほどになりました。

また、最近では店頭に海外からのお客様が直接おいでくださるようになりました。


現在当社は創業86年、創業者 雲然梅吉から見て3代目の社長となりました。

その時代時代の流れをくみ取り当社なりの努力はしてきましたが.

ここまで来られたのも、当社をご用命くださるお客様、地域の方々、取引先の企業様、そして支えてくれる当社社員のお陰で今日があります。

今後もK-STAFF (有)雲然自動車工場は皆さまとともに進化・発展を遂げていく所存です。

これからもどうぞよろしくお願いいたします。